おっさんのblogというブログ。

下らない事に心血を注ぐおっさんの話、たまには聞いてみてもいいんじゃない。

信じるか信じないかはみなさまの自由ですが、私は山羊の乳で育ちました。

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如何お過ごしですか? 3回連続10cmです。

当ブログにお越しいただきありがとうございます。

いつも本当にありがとうございます。

 

みなさんにとっては、複数回使って粘着力が極端に無くなった付箋よりも興味がないであろう、私の小さい時の話ですが読みます?


もし読まれる方、実話なんですが内容は私の母からの聞き取りなので、わざとではありませんが盛られているところもあろうかと思います。話2/3くらいで読んで下さい。

 

 

当時の背景。

昭和30年代。香川のド田舎。そこらじゅう貧乏の二文字。

そんな中で私は生まれてきました。

それも病院ではなく、家(自宅)の薄暗い一室で産婆さんに取り上げてもらいました。

その産婆さんもその時臨月で、数日後私と同級生になる女子を出産されました。


この前バーベキューをした時に子供たちが水遊びをしていたタライ。

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このタライは母の嫁入り道具のひとつで、私の産湯に使った物です。

 

私が生まれた家は今はもうありませんが現存していたら かまど、五右衛門釜、土間、縁や(縁側)、井戸、バラン、トタン、手作りこたつ、火鉢、火箸、綱はしご、その他もろもろで、それはもうブログのネタには困らない題材がたくさんありました。

 

当時の状況がどのようなものか概ねお分かりいただけるでしょう。

 

おまけに子供(私)が出来たのに母親の母乳が出ない。


今でこそ粉ミルクや固形のミルクはいくらでも手に入るし、『Ready to Drink ミルク』なんてのもあります。

dual.nikkei.co.jp

が、当時粉ミルクも無かった(買えなかった?)。

 

じゃ、私はどうなるの?生まれた直後からメシ抜きか?

神様、仏様、どうかお慈悲を。。

 

 

たまたま近所に山羊を飼っているところがあった。

こんな偶然があるでしょうか?神や仏は私を見捨てたわけではなかったのです。

というか田舎だし、当時鶏だの山羊だの牛だのを飼っているお宅は多数ありました。

うちにも山羊はいなかったが鶏はいました(生みたての卵はうまい)。

 

『〇〇さん、山羊の乳分けていた(分けてください)。』


『〇〇ちゃん、どしたん?乳が出んの?ええで、どうぞー。』


こんな会話があったかどうか知らないし、〇〇さん宅は山羊で生業を立てていたかどうかも知りませんが、〇〇さんにお願いすると快く分けていただけたそうです。

 

その日から毎日毎日、雨が降ろうが風が吹こうが雪が降ろうが、母は私をおぶって〇〇さん宅へ山羊の乳をもらいに歩いて行っていたそうです。

〇〇さん、そして母上ありがとうございます。

 

こうして、私は乳が離れるまで山羊の乳で育てられました。特に山羊の乳の悪影響もなく普通に育った模様です。

 

山羊の乳っておいしいん?


申し訳ありません、0才の時の事を覚えていたらこんなところでブログなんか書いていません。

 

編集後記

当時みんな必死に頑張っていたけど、時代も物も人間も収入も追いつかなかったんですね。


私の弟(冒頭のタライの写真で『かい』を抱いているおっさん)は3才違いですが、病院で生まれ、粉ミルクで育っています。

山羊の乳を飲まなかったせいか、小さい時は体が弱かったと母が言っていました。

 

山羊の乳も飲んでみるもんですね。

 

 

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ヤギ - Wikipedia